本当の「満足」を探す方法

人生には、時々、何もかもがうまく行っているような瞬間があります。
こういう時は人間ですから、願いが次々と実現するうちに、
ついつい喜びにどっぷりと浸ってしまうこともありますね。

3つの例え話をしましょう:

ケース1)
あるサラリーマンが期待通りの昇進と昇給を得たとします。
同僚や上司からも祝福され、ずっとがんばってきた甲斐が報われた瞬間だと
感じて、心から喜んでいるAさん。

ケース2)
今度はお母さんと子供の話です。子供が勉強をがんばって、お母さんの期待通りに
希望していた学校に受かったとしましょう。お母さんとしては、目標が達成できた!
と満足感をきっと覚えるでしょう。

ケース3)
最後に、あるエグゼクティブの話をしましょう。ビジネスは順調、お客さんもそれなりにいて、
支払いも滞ることなく、売上もちゃんと立っているとします。
金回りが良くて、実に羨ましがられる、うれしい状態です。

実を言うと、もし私が上の3つの立場になっていたら、たぶん、ここに登場する人の
半分も喜んでいないかもしれないな、と感じています。
でもそんなことを言ったら、みなさんは私のことを「なんだよ。いつでも不満を
言っている人みたいじゃないか」と思うかもしれません(笑)。

ほんとうにそうでしょうか?

実は私はこういう見方をしています。
外的要素(昇進、受験成功、金回りの良さなど)からは、最低限の満足感や充足感
しか与えられないと考えています。
もちろん、それらを完全に否定はしません。
それに、いい出来事・悪い出来事、が我々の心に与える影響も大きいですね。

でも、例えば傍からみたら自分にとっては旗色の悪い出来事でも、不思議と心の中は
穏やかで落ち着いていることが、時々起こります。
というのも、外的な条件だけでものごとの本質や本当の意味を判断できないと感じている
からです。これが一つ目のポイントです。

二つ目には、物事はアングルを変えることで、観察できるものごとも、
解釈も変わることも多々あるというのが真実である、ということを肝に銘じているのです。

例えば、ケース1)のサラリーマンの場合、昇進と昇給はさらなる責任とストレスへの
道でもあると取れるわけですね。もし、私がこの人の立場にあったら、将来のきたるべき
新しいストレスや出来事をできるだけ避けて通れるように、自分の身を守る行動をまず
とってみようとします。

ケース2)の受験生の母の場合、親の視点としての「計画」はうまく行ったかもしれませんが、
子供の目から見たらどうでしょうか?ただ単にお母さんを喜ばせるためだけに勉強をしていた場合、
子供が成長して、自分で物事を決定してチャレンジしなくてはいけなくなった時に、
果たして子供はどうするのでしょうか?今のままとは限らないですね。
もし、私が母親の立場にいたら、ご近所からの合格祝いにニコニコしすぎないで、
むしろこういう時こそ子供の気持ちを聞いてみるかもしません。

ケース3)のエグゼクティブの場合もそうです。
良く言うように、ビジネスにはいつでも波があります。
うまく行くときもあれば、そうでない時もある。
こういう時だからこそ用心して、例えば商品の質を上げる、サービスを向上する、など
今すぐの利益だけでなく、長い目で見た利益を考えていろいろと動いてみたりするでしょう。

実は、私のことを安定した人だと言ってくださる人が時々います。
そう言ってくださるには、いろいろと要素が絡んでいるので、
これが理由です!と一つだけ挙げることはできませんが、
たぶん、私は外的なもので満足感を得ようとしないからかもしれません。
そうすると、人間としての弱点が減るんです。
そして、物事を進める時、それが見掛け倒しの前進なのか、あるいは
確かさがちゃんとあるのか、を探りながら前に進もうとしています。

人生のそここでやってくる幸せや不幸せに、必要以上に翻弄されないようにするための
心がけみたいなものですね。

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グッドタイミング!

日本人が日常で何気なく使っているボキャブラリーには
とても面白いものがたくさんありますが、「グッドタイミング」もまたその一つだと感じています。

というのも、使い方によって、どうも2つの意味を持っているようだ、ということに気がついたのです。
一つは明らかな意味、そして、もう一つは隠された意味のようです。

一つ目はわりとポジティブな意味で、環境や物理的、精神的な現実を考慮して
人の状況を見た場合です。人が持つ手段や意志の力だけではどうにも手に負えない。
状況などさまざまな要素がその人にとって好ましいものとなってはじめて結果が手に入る、
という状況での「グッドタイミング」です。

二つ目の隠された方の意味は「グッドタイミングになった時に、自分は動くよ!」と言うように、
自分の諦めを隠す時などに現れます。
実際、上のような言葉は「いま動くのはめんどくさいし、もうちょっといい時を狙って動こう。
そうしたら、タイミング的には良いわけだから、自分の努力は必要最小限で済むよね。」
と言っているのと実は同じことなんです。

あるいは何かに失敗したあとに「うーん、グッドタイミングじゃなかったんだよ。」という風に
いい訳がましく言う時もありますね。こういういい方をすると、まるで自分に責任はなかった!
みたいな表現になってしまいます。
ちなみにそういう言い方をすることで、他人の前でも面子を保つことをこっそり期待しているのです。

こうやって何気なく使ってしまっている言葉には、気をつけないといけないと感じています。
なぜなら、何気なく使われた言葉には、その人の性格や真意など、様々な情報が隠されていて
人はそれをしっかりと聞いていたり、感じ取っていたりするからです。

私は、タイミングがどうのではなく、むしろ、状況に合わせてやるべきことをまずはきちんとやる、
ということがすべての王道だと思っています。
もし失敗しても、その事実を正面から受け止めることで、誤りを分析して次は
同じことを繰り返さないように経験を生かすことができますね。

結局、逃げずにちゃんと向き合うことで、回り道をせずにほかの人よりも
早く目的地に着けたりするのかもしれないな、と感じています。

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別れを決断する、自分の道を決める

先週の「別れ」をテーマにしたブログへの反響がけっこうありまして、
いろいろな方からメールを頂きました。

みなさん、どうもありがとう。

きょうも、もう少し「別れ」と「決断」の話をしてみたいと思います。

実は、先日、ある稽古事の先生とお互いの「師匠」の話になりました。
私の先生は、ある時期、2人のタイプの違う師匠について稽古をしていたのですが、
困ったことにお互いのやり方が、まったく正反対だったのです。
そのせいで、自分の中で大いなる矛盾が発生してしまい
最後には自分がおかしくなってしまうのではないか?!ぐらいの
大きなショックを心に覚え、とうとう、片方の師匠から離れ、
もう一人の師匠についていく決心をせざるを得なかったのです。

実は、私もまったく同じ経験をしたことがあります。

まだ10代の頃、ブルゴーニュ地方の国立コンセルバトワールに
在籍していた時のことです。
打楽器奏者として、地元のコンセルバトワールの老師匠に師事していました。
ところが、あるきっかけで、パリにいる若くて有望な打楽器奏者に師事する
チャンスができたことで、二人の師匠に教わることになったのです。
毎週、ブルゴーニュからパリに通う生活が始まりました。

ところが、老師匠と、若い師匠のスタイルもレベルもまったく違ったのです。
老師匠の演奏法はオーソドックスで固く、明らかに表現力に限界がありました。
一方、若い師匠は奏法もやわらかく伸びやかな音を出して、
これを自分も会得できれば、きっと飛躍的に上達する!という道が
見えていたのです。

しかし、在籍中の学校の担当教諭であった老師匠を蹴っては
音楽家の人脈作りに支障が出るかもしれない、という理由で
若い師匠から「ひきつづき、老師匠の授業も受け続けなさい。
その代わり、私のクラスもきちんと続けること。」と言い渡されたのです。

スタイルも、年代も、レベルも全く違う二人の師匠のもとで、当時の私は本当に
苦しみました。しかも、老師匠に内緒にしてあった若い師匠の存在も
うすうすバレていて、私が練習室で練習していると、老師匠が
意地悪な顔でチェックしにくるのです。

そして・・・・・とうとう私も決断をする時がやってきたのです。

老師匠は、私が所属していたオーケストラの責任者もしていました。
ある練習時、あまりにも公衆の面前で師匠からいじめられて
私はとうとう頭に来て、手にしていたスティックを先生めがけて
投げ捨てたのです!

そして、一目散で逃げてしまいました(笑)。

もちろん、オケには戻っていません。
そして、その師匠の授業も、その後一切取りませんでした。

パリの若い師匠を選んだのです。

この話の顛末をパリに報告した時は、
師匠も呆れ顔でしたが「起ってしまったことは、もう取り返せないよ。
仕方がない。」と、ひとこと。

私の稽古事の先生にせよ、私自身の経験にせよ、
別れを決断することは、積極的に自分で動くこと、決めること、の
結果なのだ、と心底感じています。

あの時の、それぞれの決断がなければ、私は今頃日本には
いなかったかもしれませんし、こうしてブログを書いていることも
なかったかもしれません。

別れを決意する=積極的に自分の道を決める。

勇気のいる行動ですが、きっと、役に立つ行動です。

みなさんも、勇気を出して、心の声に耳を傾けて動いてみてください。

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