日常が重く、複雑になってしまう理由

私は日本が大好きです。

海外から東京に戻って来る度に、いつも幸せな気分になるし、
日本人と会うのもとても楽しいものです。

今回、中国に3ヶ月間滞在して、久しぶりに日本に戻ってきたのですが、
日本の社会的な傾向を客観的に観察するとても良い期間になりました。

例えば、この国が好きだからこそ、今最も気になっていることがあります。
それは、都市部に蔓延する重く複雑な雰囲気です。

東京は大都市であるせいで、山とは違って自然の力を借りた健康的な
生活がしにくいという現実があるのは否定できません。
しかし、それにしてもみなの不健康そうで、疲れた顔をしているのが
気がかりです。

電車の中が一番明らかです。
一様に表情は暗く、疲れたエネルギーが充満しています。
さらに人と話したり、他の人の言葉に耳を傾けていると
「ああ、不況でどこも大変だよー。厳しいなぁ!」
というため息交じりの声が必ず一言は加わります。

不況を乗り越えるのが一人一人にとって難しいのなら、
なおさら、運を天に任せずに、私たちの力によって厳しい状況から
脱却する必要があるわけですよね。
と言うことは、我々一人一人の体力と気力にかかっているわけです。

しかし、東京にいると、電車の中の会話や空気に引き摺られるようにして
なんとなく自分達は体力が尽き果てて、疲れきってしまった老人になって
しまったかのような錯覚を起こします。

個人的な体験の話をすると、私は中国での修行中に、
どんな困難に出くわしても、自分の限界を越えていくことを覚えました。
限界を超えるとは、肉体的であったり、あるいは精神的なものであったりします。

さらに修行を通して実感したことは、自分の思いや信じる気持ちが、
その後の行動や結果に大きな影響を及ぼすことを軽んじてはならない、という事です。

難しいと思っても、「そう口にしない!」と師匠から教わりました。「難しいのは、百も承知だから。」と。

東京の日常で言えば、例えば、疲れるのがイヤならば、まずは「疲れた」と口にすることを止めることから始める。
忙しいのがイヤな場合も同じです。
「忙しいでしょう?」という挨拶や掛け合いは止めること。
「疲れた」や「忙しい」という言葉が自分や会話の相手のマインドに及ぼす影響は、
実は侮(あなど)れないのです。

ポジティブな方向に感覚を発達させて行けば行くほど、
自分の周りにも好影響を及ぼします。
意識をしてポジティブさの波及効果を、自ら作り上げることです。

とても基本的なことにすぎませんが、大きな力を持つ行動です。

そしてそれらが、日常の重い空気や複雑な物事を解きほぐす鍵になります。

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持久力を伸ばす

この3ヶ月間、武当山でたくさんのことを身につけました。

大人になっても、まだまだ学びを通して身に付くもの、
伸びるものは、無限にあります。
自分も、以前に比べて、視点の持ち方や
生き方が格段に成長したことを、
日々のいたるところで実感しています。

ただ、武当山ホームシックは相変わらず続いていますが(笑)。

山に行って、明らかに伸びたもののひとつが「持久力」です。
もともと自信のあったものなのに、実は当時の持久力まだまだだった、
というのが、今となっては分かります。

初めてお寺で稽古をしに行った時、
師父と全員の前で自分が日本で学んだ知っている型を披露することから
始めました。

型がうまくできたかという能力とは別に、
私が猫背気味なので全体の姿勢が
良くないということを稽古の最後に注意されました。
とにかく、まっすぐの姿勢に矯正しなさいと言われたのです。
そのためには、四六時中、頭の上に何か物を載せるのがいい、
とアドバイスされました。
一番いいのは、落としては困るような、大事なものを載せること。
ただし、それを選択するのは君の自由だ、とも。

実は、私よりも先に、同じ訓練をしていた中国人の生徒がいたのですが、
彼の場合は本を頭に載せていました。
本が落ちても大したことないなぁ、なんて思っていたので、
私の場合はグッチのサングラスをケースに入れて
頭の上に載せることにしました。

はじめは、何とも滑稽な見た目になったことが恥ずかしくて、
みんなもくすくす笑うし、何かと頭の上をしょっちゅう
見られているのが分かっていたので参りました。
でも、先輩の一人が「ここでは、それぞれに変わった
特訓をするのが当たり前だから、気にしなくていいよ。」
と言ってくれたものです。

めがねケースを頭に載せる時間は、起きている間中、
ずっとです。
顔を洗ったりだとか、飛んだり跳ねたりの動きの激しい
稽古をする以外は、常に頭の上にあります。

私がいつもその練習を積極的に続けているのを見て、
師父も満足げに見ていました。
私と廊下ですれ違う時も「良し」と言った感じで頷いて
見てくれていました。

でも実際のところ、頭の上にあるものを落とさないなんて
なんとも難しい注文でした。
よく滑るので、しょっちゅう、手で滑り落ちるのを食い止めていました。

そして、次第に、意識がそこに行き過ぎてくるようになりました。
すると、だんだんと緊張が高まってきます。
そして、それが性格にまで影響を与えて、「堅く」なってきているような
気になってくるのです。

あまりにもめがねケースの存在が気になり過ぎて、
ある程度でもう止めようかと思いはじめました。
師父からは絶対やりとおさなくてはいけない、
という事も言われていないし、とにかく、自主性に任されていたのです。

数週間後、同じ練習をしていた中国人の先輩はとうとう嫌になって
本を頭から下ろしました。
それを見ながら、こういう練習なんか東京では二度とできないだろうし、
とにかく姿勢が悪いことを直すことに集中してみようと、思い直しました。

果たして・・・1ヶ月もすると、頭の上に物を載せていることが
だんだん当たり前になりました(笑)。
ある日、師父が「いままで、何回床に落とした?」と聞いてきたのです、
正直に「2回です」と答えると、
師父は落とした「代償」を伝えてきました。
「1回落とすと蹴り100回、2回落とすと200回、だけど、3回目落としたら、
蹴り1、000回。2日後、私は用事があって稽古に出られないから、
その時にやっておきなさい。先輩のSがカウントしてくれる。」
と言ってきたのです。

師父の信条は、「なにをしてもいいが、その代償は必ず払って清算すること」
というものです。
それは人生のどんなことにも当てはまる、黄金のルールと言ってもいいでしょう。

だから、めがねケースを落とした「代償」も払って、清算すること。

さて、問題の2日後、蹴りをする自分の横で、Sがカウントし始めました。
ところが「1、1、1、57、1、1、1、39・・・」と滅茶苦茶にカウントします。
そして「俺は警察じゃないから、監視しないよ。
君がやりたくなくてもちゃんとやったと言っておくから好きにしていいよ。」
と言ってきたのです。
彼は、そのまま自分の稽古をはじめてしまいました。

でも、自分は最後まできっちりやることにしました。
毎日稽古をしている我々にとって、
200回の蹴りなんて大したことではなかったし、
第一、師父に対して嘘はつきたくなかったのです。
ちゃんと目を見て話ができなくなるのが、自分でも嫌でした。

それ以来、一度も、めがねケースを床に落とすことはありませんでした。

最終的には姿勢がとても良くなり、見違えるようになりました。
師父は自分にとって良かれと思ってこの特訓をしてくれたのですが、
成果を手にするまでには、実にいろいろな過程を経ました。
でもその過程の中で、持久力がさらに上がり、
意志力もまたさらに伸びました。

今では毎日のように、あのときの特訓が効を奏していることを実感して、
身体もお礼を言っている気がします。

その時の一時的なストレス状態や不便に惑わされずに物事を見つめることも
時には大切で、それを越えた時に本当の進歩がやってくるものだな、
と自分の体験を通じて実感中です。

3月8日の講演会では、ここでは紹介しきれない、
たくさんの出来事やとっておきのお話を披露します。

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頭の上に物を載せて歩く練習、開始。

最初は、稽古中の写真撮影を禁止されていたので、

隠し撮りのようにして撮ったのでちょっと見づらい・・・(笑)。

右奥にいるのが、自分です。

食事の最中もこんな感じです。

特訓のおかげで、姿勢がまっすぐになりました。

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コミュニケーションの神髄は、たったひとつ!

コミュニケーションにまず大切なのは相手への好奇心です。

東京での生活も、また元のビジネス中心のリズムに戻りつつありますが、
いつまでも、大きなホームシックが残ったままです。
そんな状況の中でも、東京の生活に馴染む手伝いをしてくれているのが、
私が武当山で何を身につけて来たのか知りたい!という周囲の人や
メディアの好奇心あるいは関心なのです。

例えば、今日はNTTコミュニケーションズという会社のウェブ媒体の
ためのインタビューの仕事がありました。
以前に出版した『日本人には教えなかった外国人トップのすごい仕事術』
というカルロス・ゴーン社長らをお招きして作った対談本の中身を基に、
インタビューが展開されたのですが、その中で多くの日本人は、
英語が苦手だから外国人や異文化とのコミュニケーションが苦手、
という意識を持ってそれがコンプレックス化している、という話が出ました。

私は、英語がまったくできない、あるいは、ちょっとしかできないことが、
外国人とコミュニケーションを取る際のハードルになるとは思っていません。
いつだって、何かしらの手段が存在するはずだと考えているからです。
必要なら、肝心なディテールや相手の文化背景から来る言葉の
真意を確認してくれる第3者のサポートは、その気になればいつだって得られます。
それよりもまず大事なのは相手への好奇心を持つことに限ります。
それがあってこそのコミュニケーションでしょう。
好奇心と伝えたいという思いがあれば、例え、言葉を知らなくても、
こちらはジェスチャーを交えたりするし、相手の眼差しや態度をじっくり
観察するようになります。言葉はたくさんある手段のうちの一つでしかないわけで、
他の手段もせっかく人に備わっているのに、自信のなさからか、
ほとんど使われていないのが現実です。
人間は、本来自然とお互いを理解できる能力を持っているはずですから。

例えば、中国での私の体験を話しましょう。
なるべく中国社会に深くとけ込みたかったので、たくさんの人と
コミュニケーションを取り、できるだけたくさんのことを理解しようと努めました。
でも、実際には「ニーハオ」と「シェシェ」しか言えない私は、
他に持っているすべての感覚に頼らざるを得なかったわけです。
それに朝から晩までの稽古のせいで、語学を学ぶどころではありませんでしたしね。

そんな中、いつも武術学校と稽古場であるお寺の往復を繰り返しているちに、
門前にある売店や食堂のおじさん達と親しくなっていきました。
食堂のおじさんは、いつも私に武当山でなるみかんをくれたりしていました。

おじさんは毎日私が通るのを見ている内に、
私の稽古内容がキツそうだということを察してくれるようになり、
足を引きずる日などは励ましの目線を送ってくれるようになってくれていました。

最後の日、食堂に座るように手招きしてくれたおじさんは、
なんと次から次へと料理とお酒を振る舞ってくれたのです。
私と楽しい時間を過ごしたい、という思いが具体的な行動になって現れたわけです。

たった二言の中国語の会話能力でも、こんなに楽しい時間を過ごすことはできます。

しかも、これはたくさんある出会いの中の、ほんの一例です。

同じ言葉をしゃべっていても、お互いに無理解でいることもありえます。
周囲を見回して見てください。実例がごろごろしているでしょう?

好奇心さえあれば、コミュニケーションのハードルなんて大したことありません。


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兄弟子の一人。

いっしょにバスケットの試合をして親しくなった一人。

この人も弟弟子の一人。

同じ型の稽古をして、親しくなった一人。

指導員のZhan Sen。

彼とはお酒の席の度に、いっしょに盛り上がる友人。

料理長と奥さん。

いつも台所に行く度に、ジェスチャーと表情でふざける仲良し。

武術学院の最年少の生徒。

彼の頭の怪我の手当てを手伝って、仲良くなった小さな友人。

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