さようなら、Aziz

先週すでに知っていた知らせだったのですが、
少し距離を置いてショックを和らげるために
今日の話を書くのに時間が必要でした。

武当山でいっしょに修行をしていた兄弟子が、
2週間前に亡くなりました。

Azizというモロッコ人です。
私と同じフランス語を母国語にしている人で、
武当山についたばかりのころ、
向こうでの生活習慣や稽古のことなど、
いろいろと教えてくれた人でした。

いっしょに修行をしていた上海在住の
後輩から電話があって知った悲しいニュースです。

正直言うと、彼の突然の訃報でショックを受け、
とても悲しい気持ちにはなったけれど、
驚きではなかったのです。

というのも、彼が末期の腎臓ガンと肝臓ガンだったことは
修行仲間の誰もが知っていたことで、
いつか・・・という覚悟は何となくしていたのです。

彼は、有名な脳神経科学者のセルヴァン・シュレベール医師
(フランス人、元ピッツバーグ大学長)の学説を元に、
武当山に修行と治療のためにやって来ていたのです。

セルヴァン・シュレベール医師の説は私も非常に影響を受けた一人で、
メソッドにも応用をしているものです。
ドクターは、適切な健康法に基づいて生きる力を高め、
ガンなどの病気を克服する方法を紹介し、
実際にたくさんのデータで検証をしている人です。

Azizもまたドクターの説を実践するために、
自らの病を克服するチャレンジを選んだ人でした。
若い頃に散々身体をいじめるようにお酒を飲み、
身体を壊すほどの激しいスポーツを繰り返し行ってきたツケを、
どうにかしてきれいに精算したいと言っていたのです。

今までの生活の積み重ねが、病気となってあるひとつの
「結果」を身体に示していました。
去年のはじめにガンが見つかり手術をしたあと、
ガールフレンドの故郷である中国にある武当山に
ガンを治す手だてがある、という情報をつかんで、
はるばるやって来たのです。
武当山は、漢方薬学の総本山として
非常に有名な場所なのです。

中国全土で有名な王医師も、
ここ武当山を中心に活動をしていて、
Azizは彼の治療を受けていました。
医師は、本人がこれまでになくまじめに治療に励めば、
快方に向かうと信じていました。

私はAzizが健康を取り戻しつつある時期を知っています。
しかし、一方で、再び悪化しつつある時期も見ています。
誰かの健康が下り坂を転がっていく様を
黙って見つめなくてはいけないのは
本当に言葉では表現できない辛さと悔しさがあります。
少しずつ稽古に出なくなり、そのせいで練習量が減り、
寒いので自分の部屋に引っ込みがちになり、
食べ物の品質を気にしてみなと食事をせずに一人で
料理をして食べる、という風に、彼自身の生活のリズムが
細かいところから徐々に変化して行きました。

あの時、大勢の中で時間を共に過ごすこと、
大勢と食事をすることでそのグループの持つエネルギーなどにも
触れるチャンスを彼自らが減らしていったことを、非常に悔しく感じます。

そして、突然、モロッコに4ヶ月帰る、と言い出したのです。

それにはさすがの師匠も怒り心頭で、
本気でAzizを叱りとばしました。
真冬の武当山から、常夏のモロッコに突然行ったら、
健康体でも負担が大きいのに、彼のような病身では絶対に危険である、と。
気候だけでなく、生活リズムも、食事もなにもかもが
違いすぎる環境は、百害あって一利なし、だと。

最初は、Azizも大人しく師匠の言う通りにしていたのですが、
2週間してから再び「病院の検査があるから」という理由で
結局、モロッコに一時帰国する手続きに入ってしまったのです。

それを見て、師匠もなにも言えなく、なすがままにしていました。

それが一時帰国ではなく、結局は、彼の一生の帰国となってしまったのです。

武当山滞在のはじめの頃、Azizが私に向かって
言ってくれた言葉があります。

「もし、俺の体験が誰かのヒントになったり、
何かの役に立つと思ったら、使ってくれて構わない。
話してもらって構わない。」

そして、帰国が間近に迫っていたある日、
私の部屋でお茶を飲んでいたときに、
彼が話した内容が今でも忘れられません。

「俺は裕福な家に生まれた。いつでも、
何でも手に入ってきた。生まれた時に、
戦うための牙を研がれたんだ。
だから、俺も生きる戦いを誰からも
教わろうとしなかった。」と。

生きる戦いを教わらなかった。
そして、教わろうとしなかった。

生きるとは何か、病を克服するとは何か、
いろいろな側面から生きる意味や
そのために必要な膨大なエネルギーの量について
深く考えざるを得ません。

彼の冥福を祈ります。

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問題解決がうまく行く方法のひとつ

毎日、大小様々な問題をつきつけられる私たちは、
その度に頭を悩ませたり、ほっとしたりを繰り返しています。

どんな問題もできるだけすぐに解決して、
さっさと過去のものになって欲しいものですが、
そうも行かないのが現実ですね。

それに、過去と同じ問題に再度直面しても、
その時の時代性や状況の違いによって、
解決方法も前とは変化しています。

やっかいですね。

結局、すべての問題にはふさわしい解決の時間が
あると考えています。
即断即決で、その場できれいになる問題もあれば、
長い時間をかけて、じっくりと解決されていくものもあります。

実は、これは慶應大学の副学長から学んだものなんです。
ある時、彼のオフィスでおしゃべりをしている時、
今すぐどうにもなりそうにない問題があれば、
しばらく寝かせておいて、後日客観的な目ができあがった頃に、
もう一度戻ってくる、と彼が言ったのを良く覚えています。

この手法には、大小様々な大量の案件を抱えている人ほど、
賛同するでしょう。

ひとつ、具体的な体験談を挙げましょう。
中国から戻って来た直後、フランスに住む義理の兄
(=姉の夫)から電話がかかってきました。
姉弟同士で家族会議をやろうという提案です。
私の一番上の姉はアフリカの南東に、真ん中の姉はフランスに、
そして私は日本と、それぞれがバラバラの地域に住んでいるので、
3者で国際電話会議をしよう、ということになったのです。

案件は我々の両親の健康問題と、子供として決めておかなくては
ならない用件がいくつかありました。
さて、電話会議が始まって最初の10分はだいたい和気藹々とした
雰囲気ですが、そのうちだんだんと各の希望を話しはじめ、
ついには、お互いへの要求をはっきりと言う、
という何とも熱い議論となってしまいました・・・・。

私は家族の中で末っ子なので、
年次からするとあまり発言権も強くなく、
こういう時は黙って状況を見守るしかありません。
ただいずれにしても、何だか雲行きの怪しい方向に議論が進んでいき、
どうにも複雑で面倒な問題がさらに掘り起こされようとしていました。
とにかく、心配の種が増えたといった感じでした。

ちょうどその時、あの時の慶應の副学長の話を思い出し、
ここで下手に焦って動かずに状況を見守ってみようと思ったのです。

果たして、問題はするすると解決していきました。
自分でも驚きましたが、これは決して卑怯だとかずるい真似をした、
というのではなく、下手にかき混ぜると余計に混乱しそうだと感じた問題に、
「時間を与える」という選択肢を選んだのです。

特に、今回の問題は自分のものでもあるのですが、
同時に非常に遠いところでの出来事なので、
感覚的につかみ所がなかったのもありました。
だからこそ、余計に下手な動きはしないほうが全体のためにも良いな、
と感じとったのでしょう。

とにかく、問題が発生したら焦って一気に解決しようとしないこと。
なぜなら、問題ごとにそれぞれの時間の流れ方が違っているからです。

もし、問題解決がうまく行かないな、といつも困っている方がいたら、
まずはその問題に特有の時間の流れ方を観察してみるのも良いかもしれません。
きっと問題解決の手腕が上がると思います。

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伝えたいことを正確に伝えるために

芸術家として、他人の無理解に頭を悩ませてきたことがあります。
一般の職業と比べて、あまりにも目に見えにくい要素が多すぎることが
多くの原因です。
たとえば、若い頃、1日15時間の練習時間をとっていたのですが、
そんな私を怠け者扱いする親戚も少なからずいました。
当時はそんなことを言われて本当にショックだったのですが、
いま振り返ってみると、その理由がとてもよくわかるようになってきました。

それは、私のやっていることが彼らの定義する「仕事」の枠に
収まっていなかったからです。

彼らにとっての仕事とは、現金収入に直結することでした。
だから、私のやっていることの意味がさっぱり理解できなかったのです。
だけど、いま振り返って冷静に観察すると、なるほど、どうってことの
ない話です。

でも、この件があって以来、コミュニケーションの方法
そして自分の伝えようとしていることへの誤解が生まれないように、
いろいろと気を使ったり、工夫を重ねるようになってきました。

さて、この冬中国の武当山から戻って、またコミュニケーションの
難しさに直面していました。
厳しい修行や、極寒の冬山は多少なりとも理解してもらえるのですが、
山独特の雰囲気や、感覚、自分に向けられた猜疑心の話し、
稽古仲間と過ごす密な時間を伝えるのは、非常に難しいのです。

そこで、帰国直後にあることを思いつきました。
ちょうど、今から2ヶ月半前ですね。
それは写真と簡単な文で、武当山での出来事と心の動きを
流れるような形式で解説していくことでした。
それぞれのステージで起こったことや
そのときの心情を盛り込んでいったのです。

長い時間をかけて、ようやく写真集が完成しました。
私自身が撮った写真と文で構成されたそれを見て、
ようやくはじめて、私のあのときの気持ちにシンクロし、
共感してくれる他人が一気に増えました。
中には涙を流す人もいました。

伝えたかったことが、うまく伝わったのです。

でも、この写真集を作るのに、本当に時間がかかりました。
ようやく1週間ほど前にあがったばかりです。
でも、最終的に自分の言葉にならない体験や
伝えにくい感覚的なものを、少しでもうまく伝わるのは
本当にうれしいものです。
私と同じ体験をしていない他人の感情を揺り動かすことが
できたのですから。

同じように、「デュボワ・メソッド」の説明をビジュアルで
やろうということになり、同じく写真と短い文で、
成立の経緯や狙い、得られるものを紹介してみました。
手にした表現方法を応用しているわけですね。

そこでみなさんにも伝えたいことがあります。
もしみなさんも「伝えていることが理解されていない」と
イライラするようなことがあったら、
ぜひコミュニケーションの手段を見直してみてください。

手段はいくらでもあるはずです。
試してみる価値はありますよ。

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