老子を読んで、体現する

20才の頃に、老子(『道徳経』)に出会ってから、
常に座右の書として、ことあるごとに開きます。
この本は、僕の人生の指針でありつづけています。

昨晩、ぱっと開いたところが、第9章でした。

『道徳経』

第9章 (原文)

持而盈之、不如其已。
揣而鋭之、不可長保。
金玉満堂、莫之能守。
富貴而驕、自遺其咎。
功遂身退、天之道。

持して之を盈(み)たすは、其の巳(や)むるに如かず。
揣(う)ちて之を鋭くすれば、長く保つべからず。
金玉 堂に満つるも、之を能(よ)く守る莫(な)し。
富貴にして驕(おご)れば、自(みずか)ら其(そ)の咎(とが)を遺(のこ)す。
功遂げ身退くは、天の道なり。

訳文については、それぞれのバージョンがありますし、
好みの訳者もいると思うので、ぜひ、インターネットで検索してみてください。
とてもポピュラーなので、すぐに見つかります。
ちなみに、僕が読んでいるのは、中国語、フランス語訳2種類と英語訳3種類です。

この9章からも、引き際、さじ加減、物事の真理など、
様々な“真実”を読み取ることができますが、
人生で今起こっているイベントと照らしあわせて、
「そうか・・」と、腑に落ちる答えを必ず見つけ出すことが
できる、ほんとうに優れた古典です。

何度もくりかえし読み続けてきている老子の言葉ですが、
最も大切なのは、読むだけに留まらず、頭だけの理解に留めず、
実践をくり返していくことだと思っています。

武当山(太極拳生誕の地)は、明の時代から道教の聖地として
栄えてきました。

自分自身もこの山で修行を深めていくことによって、
さらに、老子の言葉や、生きた道教の思想を自分の地肉にしていく
時間を積んでいるのだと感じています。

写真は、武当山南岩村にあるお寺の中にある“ついたて”に
描かれた老子。

顔なじみの紫霄宮の道士と。

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感覚の探求

世の中には、成長し続ける人と、なかなかそれができない人がいます。
実は、この2つのタイプの人間に差をつける「カギ」があることが、日ごろの観察と経験によって見えてきました。

音楽の世界を例にとってみます。
同じパッセージを、何もわからないまま、何も感じないまま、練習で何時間も弾き続けていては、何も得るものはありません。たしかに、繰り返しの練習は必要ですが、弾いているフレーズに親しんで馴染んでいき、やがて音が自分のものになっていって、はじめて練習の成果と呼べます。繰り返し弾きこんである音と、そうでない音は、奏者だけでなく、聴いている方にも、瞬間的にバレるものです。
そうやって練習を重ねていく中で、あなたの技術力が上がり、さらに芸術的な“知性”も磨かれ、やがて、数年後に、それらの集大成が、あなたを本物の音楽家にしていきます。

内家拳(中国武術)でも同じです。
型をただバカみたいに繰り返しやっていても、それが“あなたの動き”として感覚的に体に馴染まない限り、稽古の本質から外れたまま、月日ばかりが流れていきます。
逆に、型がまるで反射神経のように“自分の動き”になっていけば、さらに新しい型を覚える際にも、すぐに体が理解をして覚えが早くなるのです。それが身体的な“知性”なのです。
最終的には、体の使い方に秀でることになり、それらは体の内部にも様々な良いことをもたらすことになります。それが、武術家です。

そして、ビジネスでもまったく同じことが言えます。
ビジネスパターンを、ただ教科書から学び取るだけだったり、あるいは試験で良い点数を取ることだけが目的であれば、あなたは成功できる人、企業を統率できる人には決してなれないでしょう。
学んだビジネスパターンを自分のものにし、ほかのビジネスケースにも応用できるように、内側からにじみ出る直観や思考能力、そして、行動力を最優先に進んでいくことが必須です。
それが、本当の意味での「学び」なのです。

どの分野においても、感じること、感覚の重要性が外せませんね。
でも、その肝心な感覚が「わからない」「見つからない」というときは、どうすればいいのでしょうか?
僕の考えでは、はじめのうちは、心配しなくても大丈夫です。なぜなら、学んでいることを自分のものにしよう、という道に、すでにあなたがいるからです。(そうでなければ、「感じることができない」ことを重要視しないでしょう。)繰り返し繰り返す、練習を重ねていく中でも、それでもなかなか感覚がわからない!というのであれば、人間は本能的に感覚を探ろうとする動物ですから、自分の内なる習得能力を信じてみることです。また、あなたを助けてくれそうな人を探します。そこが、カギなのです。

その時期は、数ヶ月、あるいは、数年かかることだってありえます。でも、最終的にはそれは大して重要ではありません。どんなに時間がかかろうとも、いつか、学んだもの達が自分のものになればいいのですから。

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人づき合いのコツ:事実と感情

新しい人と知り合って、そのことを誰か別の人に話すとき、人物描写にほとんど必ず気持ちを表す形容詞もついて、何かしらの好意・敵意などの“評価”が付随します。

たとえば
「このあいだ、ある男の子に会ってね、すっごくいい人なの!」
「出会えてよかったなあ。本当に面白い奴だったぜ。」
「頭がいいんだ、さすがって思ったよ。」
あるいは
「嫌だなあ。びっくりするほどの、馬鹿だったよ!」
などなど(笑)

客観的な人物描写だけにとどまらず、すき間に個人的な感情が入り込んでしまうのです。そうすると、人物評価が、全体がぼやけてしまう。

そうするとどうなるか?

たとえば
「びっくりしたわ。あの人が、あんな風にリアクションを取るとは思わなかった!」
あるいは
「裏切られた!!!!すっげえ、傷ついたよ・・・。」
など、相手のリアクションを客観的に見るだけにとどまらず、好意を裏切ったことへの憤りも混じってきます。
ポジティブな評価の場合も、もちろん同じです。
「彼は、天才的だわ。まったくそんなこと期待していなかったのに!」
と言った具合に。

つまり、個人的な好意・敵意の感情と、客観的な事実を分けて、冷静に人物やその行動を見る目を意識的に持たないと、うまく回るはずの人間関係も回らなくなってしまうのです。
特に、好意的な感情を抱いてしまった異性には、その「冷静な目」が持ちにくいので、余計に気をつけておいた方がいいですね。

感情を持つのは、人間として当たり前です。でも、感情が優先的にあなたの人生を支配してしまうようでは、人生、落とし穴だらけになる可能性がありますね。

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