J.C.ディーガン(J.C. Deagan)とU.G.リーディー(U.G. Leedy)が実験的な試作を始め、彼らのおかげで金属製の管が栓をされ、分割されて、共鳴器として取り付けられるようになりました。1930年代には、 C.O.ミューサー(C.O.Musser)によって更に改良が加えられていくのですが、著名な作曲家達がこの楽器に興味を示すようになるのは、第二次世界大戦後まで待たなくてはなりません。まず1947年に、フランスの作曲家ダリウス・ミヨー(Darius Milhaud)が、4本マレットのテクニックを使ってマリンバとビブラホーンのためのコンチェルトを書きます。メネット、カルル・オルフ、そしてオリ ヴィエ・メシアン(Olivier Messiaen)等がそれに続きます。また、我々に身近な存在として、安倍圭子のような、世界的に著名な日本人演奏者の名も挙げられます。

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