きょうは、今年の7月9日に亡くなられた合気道の田村信喜先生の
の思い出の話をしたいと思います。
田村先生は、合気道の創始者、植芝盛平先生の内弟子の一人で、
合気道8段を持つ方でした。若い時に取得した段なので、
本来なら、もっと上段なのですが、自分の師匠からもらった段以外は断るほど、
師匠に忠誠を誓っていた方なのです。
田村先生は日本国内よりも、むしろ欧州全土で有名な先生です。
というのも、彼は師範として合気会総本部から欧州代表として派遣されたのが
1964年。以来、フランスを中心に合気道を全欧に広めた功労者であり
後年、フランス政府から勲章ももらっています。
実を言うと、僕が十代の頃に、田村先生に合気道を習ったことがあります。
その頃は、合気道の先生になることを本気で志していました。
田村先生に出会ったのは、たぶん15・16歳くらいだったと思います。
当時習っていたフランス人の合気道の先生から田村先生を紹介され、
それ以来、先生の開催する稽古を積んでいくうちに
ぐんぐんと腕前が上がっていったのでした。
それは、バイクの大事故に遭って数年間、
合気道から離れざるを得なくなる時期まで続きました。
田村先生は欧州で合気道を志す人にとっては、伝説のような人物です。
たしかに、彼のお陰で、「荘厳」「静寂」「腕が立つ」「寛容」などとといった
武道から連想される、日本の良いイメージが欧州に広まりました。
僕が覚えている田村先生は大のワイン好きで、だからこそフランスを選んだのだろうか?!
などとも思ってしまいます(笑)。
真相は闇の中ですが、本当はそうだったらいいな、というのが本心です(笑)。
田村先生のご冥福をお祈りいたします。

田村信喜先生 近影


僕が習っていた頃の田村先生

田村先生の稽古の様子

植芝盛平先生(左から2人目)と田村信喜先生 (中央)
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フランソワ デュボワ。
東京在住。
作曲家・マリンバソリストと、キャリア教育の仕事をしています。